日々のコラージュ、スクラップノート


by my_poppy

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

黄檗山萬福寺


先月になりますが、京都に行ってきました。
宇治にある、黄檗山萬福寺(おうばくさん まんぷくじ)には、
社会人になった年(でもあり、結婚する前年でもあり…)に伯父夫婦と訪れていて、ぜひもう一度行ってみたいと思っていました。

(総門 私の撮った写真)
d0074259_00042842.jpg
(お寺のHPより 屋根の形が面白いんです↓)
d0074259_00211582.jpg
黄檗山萬福寺は1661年に中国僧 隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師 によって開創されました。
禅師は中国明朝時代の臨済宗を代表する僧で、中国福建省福州府福清県にある黄檗山萬福寺のご住職をされていました。その当時、日本からの度重なる招請に応じ、63歳の時に弟子20名を伴って1654年に来朝されました。宇治の地でお寺を開くにあたり、隠元和尚は寺名を中国の自坊と同じ「黄檗山萬福寺」と名付けました。(HPから)

1661年とは、今調べたんですけれど、日本では徳川光圀が水戸藩の2代目藩主になり、
フランスではルイ14世によるヴェルサイユ宮殿の建築が始まった年、なのだそうです。
(そしてインゲン豆も伝来から7年目?栽培も軌道に乗ってきたのかも?の年)

このお寺は建物のあちらこちらに中国の明朝時代の様式が残されていて、独特の雰囲気があります。


ご住職も、開祖の隠元さんから十代くらい後まで、中国からいらした方々です。
d0074259_00502067.jpg
「萬福寺の伽藍建築・文化などはすべて中国の明朝様式です。美術・建築・印刷・煎茶・普茶料理、隠元豆・西瓜・蓮根・孟宗竹(タケノコ)・木魚なども隠元禅師が来られてから日本にもたらされたものであり、当時江戸時代の文化全般に影響を与えたといわれています。」(HPより)


(卍まんじの模様が格好いい)
d0074259_00593682.jpg
d0074259_01055850.jpg

d0074259_01061753.jpg
d0074259_01072299.jpg
d0074259_01082119.jpg
(本殿の十八羅漢像には、異国の方の姿も写している…。
国際色豊かな、当時のトップエリートたちの学問の場であり、文化や政治が華やかに渦巻く場でもあり〜などなど妄想を楽しむ。笑)
d0074259_01090434.jpg
d0074259_01282692.jpg


(桃!)
d0074259_01203216.jpg

この門からいったん敷地外へ出て、左側に見える同じような白い門をくぐります。
こちら
d0074259_01321344.jpg
「売茶翁(ばいさおう)」という日本の煎茶の祖と言われる方の所縁の地、ということでしたっけ…。
よくわからず書いていてごめんなさい。
この御名前、30年振りに思い出しました。


そう、この扉の模様に、若くて可愛かった(当社比)の私は衝撃を受けたのでした。
こうもり・・・!!
なぜ、こうもり?
前回案内してくださったタクシーの運転手さんは、以前は観光バスのガイドを退職されたというお爺さんで、
それは丁寧に色々と説明して下さったのでした。
(あまり覚えてないけれど…ざんねんすぎる私)

この門をくぐって伽藍に戻り(ということは、正面の建物は「鐘楼」なのかな?)
三門を通り、総門から外に出ました。

そして、普茶料理(ふちゃりょうり)のお店へと向かいます。(次回につづく♪)



萬福寺について、こちらの雑誌も詳しくて、写真も綺麗でよかったです。
どちらも2007〜8年の発行なので、今は手に入り辛いかもしれませんが。

(左から、「小学館ウイークリーブック」「週刊朝日ビジュアルシリーズ」です)
d0074259_11421319.jpg
d0074259_11103573.jpg


by my_poppy | 2015-07-07 23:50 | 旅とお散歩

カテゴリ

旅とお散歩
映画・音楽・本
草花、木
犬や猫
料理・器
カメラ
その他
文具
DIYやハンドメイドみたいなこと

タグ

以前の記事

2016年 01月
2015年 12月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
more...

その他のジャンル

ブログジャンル

日々の出来事
住まいとくらし

画像一覧